『オードリーさん、ぜひ会ってほしい人がいるんです。』が生んだ発明とコンテンツの理想形

『オードリーさん、ぜひ会ってほしい人がいるんです。』が生んだ発明とコンテンツの理想形

Photo from https://www.ctv.co.jp/audrey/

もともと名古屋の中京テレビでローカル局自主制作番組として放送されていたオードリーのコンビとしての初MC番組『オードリーさん、ぜひ会ってほしい人がいるんです。』通称“オドぜひ”がいまどうしようもなく面白い。ゲラゲラ笑いながら視続けている。

番組自体は2012年から放送されており、徐々に全国の系列局で放送が広がっていき、Huluで第1回放送からすべてを視ることができるようになり、ついに今年2019年4月から“ほぼ全国放送”となったことで、その知名度が急速に拡大している。

僕は番組の数珠つなぎで比較的最近にこの“オドぜひ”に辿り着いた。というのも、バナナマン好きがきっかけで彼らがMCをしている『乃木坂ってどこ?』→『乃木坂工事中』を視ている内に乃木坂46にまんまとハマり、その流れから乃木坂46→欅坂46の『欅って書けない?』→けやき坂46の『ひらがな推し』→日向坂46への改名後の『日向坂で会いましょう』へとハシゴし、坂道グループにひったひたに浸かった。そして『日向坂で会いましょう』のMCを務めるオードリーの魅力に(今更ようやく)気付いたのだ。そこからオードリーのオールナイトニッポンのラジオで彼らのトークの虜になった。

そして、そこからのオドぜひである。

オドぜひの番組構成は、オードリーへの一般の人たちの“クチコミ”という名の自薦・他薦の応募の中から、オードリー自身が気になる応募をピックアップして、そのクチコミ投稿の当事者にスタジオに来てもらって会うという、いわゆる素人参加型バラエティー番組である。

この番組の最大の魅力は、そのクチコミ投稿者たちに対するオードリーのいじり倒し方が爆発的に面白いところだ。オードリーの2人はびっくりするくらい、素人たちへの対応力・応用力が秀でていて、安定しまくっている。

個人的に思い浮かぶ素人いじりの名手は明石家さんま、次いでマツコ・デラックスなんだけれども、オードリー2人の素人に対する角度違いのアプローチの仕方のバランスが絶妙すぎて、オードリーは素人参加型バラエティーにおける次世代の急先鋒になるのではないかと思った。若林正恭においては『激レアさんを連れてきた。』や『しくじり先生 俺みたいになるな!!』など、フィーチャーされた個人をいじり倒す分野においては非常に役柄として適している印象だ。そういう意味ではオドぜひが面白いのも当然といえば当然のこと。

オドぜひを1回目からひたすら視続けている内に、はたと気付いたことがある。とある回で若林自身も「ラジオとこの番組の時の俺のことはそっとしておいてほしい」と発言していたが、このオドぜひは、オールナイトニッポンで繰り広げているオードリーが愛しているラジオの空気感・世界観を、テレビ番組というフォーマットに可視化させたものなのではないだろうか、と。

番組自体は7年・300回以上続いているのだが、その中で何回も繰り返し登場している常連の素人たちが何人もいる。その人たちのことを若林は“ぜひラー”と名付けたのだが、準レギュラーみたいな名物ぜひラーがもう既に何人もいる。これってそのまんまラジオにおけるリスナーとの関係とおんなじなのだ。リスナーは(今はメール投稿なんだろうけれど)ハガキ投稿によって番組に参加し、MC陣にいじられていく。投稿によって参加する形式である以上、次第に何度も登場する常連リスナーという存在が出てくる。オドぜひにおけるオードリーとぜひラーの関係は、まさにラジオにおけるリスナーとのそれであり、ラジオ番組からテレビ番組にフォーマットが変わっただけなのである。

オドぜひにおけるぜひラー1組あたりの登場時間が10分未満程度で次から次にぜひラーが登場してくるあたりもリスナーからのハガキを次から次に読んでいくリズムに近い気がする。

あのラジオ特有の空気感をテレビ番組で再現できているって、これは実は結構な発明ではないだろうか?同じ空気感であるが故に、前述の若林の「ラジオとこの番組は別」発言が本人の口から出ている気がするのだ。

あとはとにかく、オードリーの2人がケタケタ笑っている感じがラジオの時とまったく同じなのだ。ちなみに初代アシスタントを務めていたイッチーこと市野瀬アナがオードリーのオールナイトニッポンにゲスト出演した回が神回と騒がれているが、それもオドぜひの空気感がそのままラジオにパッケージングされたことが、神回たる所以のような気もするのである。

別に僕はお笑い芸人やお笑い番組の専門家ではまったくないのだが、コンテンツマーケティングの視点で考えてみた時、これはテレビ番組コンテンツにおける新しい発明といえないだろうか?

ぜひラーにフォーカスを当てた放送回があるように、そもそもオドぜひは名古屋のローカル番組としてスタートしているので、出演ぜひラーも自然と地元名古屋の人たちが多い。元々素人たちなのだから、番組を離れたところでも番組の中で発生したやりとりの続きが地元のなかで継続されていくのだ。番組以外の別の場所でぜひラーが注目を浴びたり、ぜひラー同士のコミュニケーションが発生したりして、その続きがまた番組に還元されていくこともある。別々の回で登場したぜひラーたちがセットで関係性を持って再登場したりする場合がまさにそれだ。

このオドぜひのコンテンツの仕組みは、僕がこの個人サイトのサブタイトルに添えている、コンテンツの理想形だと考えている在るべき姿がそのまま現象として具現化しているのだ。

番組内でうまれた〈コンテンツ〉が番組外の時間軸でも〈コンテクスト(文脈)〉として流れ続け、濃密な〈コミュニケーション〉が交わされ続けた結果、番組を中心に据えた立派な〈コミュニティー〉が出来上がっているのだ。

『オードリーさん、ぜひ会ってほしい人がいるんです。』は、これからのコンテンツの佇まいに必要なものを備えている。しかしながら、これはコンテンツの中核を担っているのがオードリーだからこそ成り立っているともいえなくもない。